Cailles

Chen, Zhifo 陳之佛, né en 1896, décédé en 1962

automne 1944
Peinture
H. 103.1 x l. 38.4 cm
"Pour peindre la nature, il faut d'abord supprimer l'esprit flottant et attendre que la pensée soit calme et attentive pour peindre. C'est ainsi qu'on se détache de la vulgarité pour découvrir de nouvelles merveilles. Ce sont les paroles de Zheng Shu [surnom du peintre et poète Yun Shouping, 1633 - 1690] et c'est justement le secret du paysagiste. Au début de l'automne de l'année cyclique Yiyou (1945). Xue Weng [surnom du peintre]"
Don manuel : Guo, Youshou 郭有守, Docteur
M.C. 8717

雁 :

款識 : 凡狀物者得其形不若得其勢,得其勢不若得其韻,得其韻不若得其性。此竹懶語,能明采此可以言畫矣。雪翁。

「あらゆるものの描写のなかで、形の表現は勢いに及ばず、勢いはリズムに及ばない。が、リズムは本質の把握とは比肩出来ない。これは李日華の言葉である。これを理解する者は画を語ることができる。 雪翁

印 : 1.雪翁(朱文)  2. 心郎是佛 (朱文)
陳之佛は浙江省の、現在の慈溪市に生まれた。画業と平行して、彼は中国におけるモダングラフィック・デザインのパイオニアとして知られる。彼のモチーフの研究への関心は1912年から1916年の間、テキスタイルの産業技術を学んでいた時期からのものだ。1918年から1923年にかけて、陳之佛は日本の東京美術学校、応用芸術学科で学んだ。中国に戻ると、上海に定住し、グラフィック・デザインを教えた。彼の研究は、絵入り雑誌の飛躍的発展と相まって、古い文明の装飾言語と近代性の表れの両方への関心を表している。1931年に、彼は南京中央大学で教える。この新しい環境は彼の絵画作品の誕生に大きな役割を果たしたようだ。 1934年に、彼はある絵を雪翁の雅号のもとで初めて展示する。この作品は工笔画という、動物や自然を写実的に描く、細密な表現スタイルで描かれている。陳之佛においては、この自然描写が彼のグラフィックの探求からもたらされた装飾的な質の高さに伴われている。彼の絵画作品が完全に知られるようになるのは1942年をまたねばならない。彼が初めて個展を開いたとき、 陳樹人(チェンシューレン)はそこに「近代の黄筌 (フアンチエン903-965)」を見た。戦後は、彼は、花と鳥の広大な領域を探り続けるが、1962年に亡くなるまで工毛画の厳しい技術に忠実だった。
雁の絵は陳之佛の技法をよく表している。描かれる題材の性質自体、構成の原則とともに、総時代の範、とりわけ宮廷画家たちの絵を思わせる。「うずら」の場合、この影響がことに明らかである。画家は、1930年代初めのある展覧会で初めて見た、このタイプの古い絵から得た深い印象を認めている。 彼自身が、このジャンルの作品を生むより少し前のことだ。この自然主義色の濃い絵は、20年にわたって無視されてきた中国の伝統の上に成り立っており、康有為(カンヨウウェイ)が中華民国の最初の何年かの間代表していた知識階級の一部の願いに彼なりに応えている。

Reference(s) : マリー=テレーズ・ボボ, 『チェルヌスキ美術館 : 現代中国書画コレクション』チェルヌスキ美術館コレクション, アランソン, アランソン印刷 1985年
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