Buste de femme

Anonyme

Entre 700 et 800
Bois (matériau), Dorure, Polychromie
Statuette, Mingqi
Achat :
M.C. 2010-8

上部しか残っていないこの若い女性像は、唐の宮廷流儀のよい例である。髪はまとめられて頭のてっぺんで髷にされている。肩掛けが両肩を覆って真珠の首飾りが縁取る、寛衣の開口部を隠している。丸く、繭が「蝶」のように描かれた顔は、左手の方を優雅に向いている。手にはおそらく何か持っていたのだろう。寛衣と髪のスタイルは、王太子、李賢の墓(陝西省)に描かれた宮廷女性の絵に似ている。この墓は684年のものとされ、李重潤の墓は701年とされる。
美的クオリティを別としても、この作品は、フランス極東学院の教授ポール・パイヨ(1878-1945)のものだったという重要性を持つ。パイヨは、1906年に行われたセリンディア(新疆および甘粛省南部)の発掘調査の長を務め、敦煌のある石窟で、何千もの古代文献を発見した人物でもある。この作品は、その仕上げや使用された材料から判断して、中央アジアの墓で見つかった木製の品と比較対象できる。甘粛省から運ばれたもののようである。

Reference(s) : エリック・ルフェーヴル,「チェルヌスキ美術館の活動」Arts Asiatiques (アジア芸術),2011年 66号 p.262
 
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