Plaque

Entre -499 et -400
Bronze
Parure, bijou
Achat :
M.C. 8323

紀元前2000年ごろ、馬を飼いならしたことで遊牧生活が可能になり、高地アジアの広大なステップで大きな経済発展があった。何十年も定住している鍛冶屋が遊牧民や戦士たちに青銅の武器やあらゆる種類の馬具を提供した。黄河の南の湾曲の内側にある地域オルドスと内モンゴルのその他の地域が活発な生産拠点となり、南シベリアのもっと古い鍛冶場とは距離を置いた。部族の移動にともない、たくさんの文様がユーラシアを超え、紀元後まで命脈を保った。最近の発掘により、金属製の装飾を調べれば、どのような葬儀でそれが埋められたかも、その時系列も確定できるようになった。中国との関係も証明された。中国の辺境で作られた貴重な品々は遊牧民の長たちの墓まで持って行かれたのだ。ステップ民族の動物アートの方も戦国時代(紀元前206年-紀元後220年)の中国の芸術に大きな影響を与えた。
チェルヌスキ美術館のプレートに似たものは、ギメ国立アジア美術館(パリ)にあるものやネルソン=アトキンス・ギャラリー(カンザス・シティ)(バンカー、チャットウィン、ファーカス、1970, p.140, N°84)。これらのプレートのうちいくつかは30年代に古物商C.T.ルーの手を通ったものだ。体に縄模様をつけられた虎が鹿を踏みつけている。同じ構成のものがバシャルダールの墓所を飾っている。炭素から、紀元前520年(前後130年)ごろのものと推定される。

Reference(s) : ニコラ・アンゲル,アナ・シェシュヴィリ,『動物アート,チェルヌスキ美術館の高アジアコレクション』パリ,Paris-Musées(パリミュゼ)/Findakly(フィンダクリ)刊, 2012年, p.134-135。
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