Tambour miniature

Entre -300 et -50
Bronze
Tambour
H. 14.1 x D. 14.9 cm
Don fouilles : Janse, Robert Ture Olov; Mission Janse Indochine (1934-1935)
M.C. 8953

青銅の太鼓、銅鼓はベトナム北部の山岳地帯、ラオス、タイ、ビルマ(現ミャンマー)および中国南部の文化の特徴で、その地域では今日でもなお祭や葬儀の際に山岳の民の歌や踊りの伴奏に使われている。
紀元前1000年代の始めにはすでに現れており、ドンソン文化を代表する最たる品である。最古のものは、装飾が施されていないが、木や籠で試作品を作り、青銅に移したものと思われる。より後代にできた大きな銅鼓は見込に場面が記されていて、この楽器がいかなるコンテクストで使われたものかを想像する唯一の手がかりとなっている。そこには、長い丸木舟に乗った、羽を頭につけた戦士たち、舞台の上で木槌でを叩く音楽家たち、羽を頭に飾り、斧で武装した踊り手たち、基礎杭の上に建てられた戦士たちの家が描かれている。さまざまな種類の水鳥、シカ科の動物の文様帯、龍の類い、小さいネコ科の動物も描かれていることがある。
表面の中心には常に星がよりはっきりと膨らんで浮き上がる形で描かれ、おそらく叩かれる場所を補強している。この太陽と星のシンボルは、音の振動の波及と歌が調節する天体の力を同時に表しているのだろう。
8つの分枝を持つ星のまわりに時計と反対回りに飛ぶ鳥を横から見た姿が4回繰り返し現れる。長いくちばしと長い尾を持つこの鳥は、サギかペリカンの仲間だろう。なんであるとしても、この飛ぶ鳥は、いろいろなの上に繰り返し現れることから、この文明にとってとても重要な動物であったと考えられる。もしかしたら支配者の氏のトーテムだったのかもしれない。
この鼓面の同心円状の装飾としては、二重、三重の罫線、縦縞、真ん中に点のある円を接線で繋いだ模様の文様帯がついている。この銅鼓の共鳴胴は発掘の途中で壊されてしまった。
たんなる楽器という以上に、ドンソンの銅鼓は権力の標章であり、高貴な祭事に演奏されたようだ。何世代も受け継がれたものもあるが高位の死者の傍に置かれた物もあり、骨や副葬品が入っている場合がある。何世紀もが過ぎているので、今日まだ行われている豊穣の祭りに使われているブロンズの太鼓が、紀元前1世紀の終りに使われていたと同じ意味を持っているのかを知るのは難しい。

Reference(s) : ヘレン・ラヴデイ  『ベトナム チェルヌスキ美術館のベトナムコレクション』 パリ、Paris-Muséés (パリミュゼ);Findakly(フィンダクリ)刊, 2006. p.39-43.
/ピエール・バティスト 『龍の飛翔 ベトナム王室芸術』、パリ、ギメ美術館企画展2014 監修。 パリ、ギメ国立アジア美術館 ; Gand巡回 Snoeck-Ducajou(スノーク=デュカジュー)社刊 2014. p.18
ルイ・バザシエ、『先史時代から中国占領終了までのベトナム』 極東考古学の手引き 第一部 東南アジア、第2巻、ファクシミリ1 Editions A. et J. Picard(A&J・ピカール社刊、パリ 1972年 p. 180-225.
(共同執筆), 『コーヴァット ベトナム 古代ベトナム』 ベトナム国立歴史博物館、ハノイ 2003. p.62
ヴィクトール・ゴルビュー 『金属製太鼓の起源と伝播について』 出版所名なし、1932
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