Vase

Takamura, Toyochika, né en 1890, décédé en 1972

Vers 1960
Bronze
Vase
Don manuel : Société des Amis du musée Cernuschi

M.C. 2013-3

この花瓶は二つの円錐形を同心円の一本の線で重ねた形で作られている。上部の見込みはだんだん縮んで狭く丸い開口部を作り、下部のそれは延びて基底部まで広がっている。簡素で均整がとれたこの作品には、装飾はただ花模様を施した丸い玉が四つしかない。赤茶色と緑がかった変色が全体を一段と引き立てている。
高村豊周(1890-1972)は東京生れ。高名な芸術家一家の出身。彫刻家、高村光雲(1852-1934)の三男である。光雲は東京美術学校の彫刻家教授も務め、曙光射す近代日本の彫刻の改革者であった。兄は詩人の高村光太郎。1915年、豊周は東京美術学校の蝋型ブロンズ鋳造科を卒業した。津田信夫に師事し、様々なブロンズ芸術改革運動に参加する。1915年「中人社」、1919年「装飾美術家協会」。1926年には、「无型」と呼ばれる前衛運動のひとつの創設メンバーとなる。「无型」は、日本のアール・デコに影響を与えた。1927年、工芸美術が、それまで狭義の美術に限られていた帝国美術院展覧会(帝展)への出品を認められると、豊周は出品して審査員特別賞を受賞し、帝展に特別の地位を占めるようになる。もっと後になると新文展と日展にも選ばれる。そのキャリアは、東京美術学校の教師としても際立っている。1935年に、彼は、バウハウスに結びつく構築主義と機能主義を原則として推奨する実在工芸美術界を創設する。1964年、ブロンズ鋳造の業績により人間国宝となった。
 

Author of the record : クリスティーヌ清水