Ceinture

Entre 907 et 1125
Bronze, Doré = dorure, Gravé = incisé, Repoussé
Ceinture
H. 7.5 x H. 9.5 x L. 77.7 x E. 2.8 cm
M.C. 2004-12
Don manuel, Mahé (Monsieur et Madame), Wahl, Eliane

このベルトの中心部は、15枚の装飾的な板で出来ていて、そこにベルトを締めて留めるための輪と舌革がついている。それが、金糸で飾られた布を裏地としてつけた革の細長い帯の上に載っている。ここには、バックル、輪、垂れ飾りとなる装飾板など 8つの要素がある。バックルと留め環は溶着金属に金メッキをして作られているが、それぞれ異なるつる模様で飾られている。装飾板は正方形あるいは、細長かったりパルメット(シュロの葉をモチーフとした装飾模様)の舌革の形をしていて、鎚で打った金属に金箔を貼ったもののようだ。もともとは底が裏打ちされて鋲で留められていた。装飾は底にはペルロワールを使い、主要なモチーフには打ち出し細工、ディテールには線刻を用いている。シャクヤクの花の模様がついた細長い板とパルメットの板を別にして、他のものについている模様はすべて一重または二重の花をつけた菊である。
このような垂れ飾りのついたベルトは直接、突厥人からの借用である。突厥の汗国は、6世紀から8世紀に中国の北に広がっていた。この装飾品の中国名()は、おそらく様々な日常生活品が吊るされていた革ひもの揺れを表している。遼朝のも下では、この種のベルトは契丹の伝統に従って埋葬された男女との関係でしか見られない。唐朝の古文書は装飾板で飾られたベルトに使われる物質や要素の数を定めているのだが、遼の正史はその点混沌としている。
もっともこれに近い作品の1つは女王の夫君Xiao Shaoju の金の板に飾られた銀の埋葬用ベルトだ。女王Chenは彼の死後も1018年まで生きた。

Référence(s) : 孫機 『論近年内蒙古出土的突厥式金銀器』 文物,1993年 p.56-57。
ジル・ベガン,マリー・ローレイヤール 『中国: 皇帝たちの栄光』 パリ,パリミュゼ/スイイ・ラ・トゥール フィンダクリ 2000年,p.105,図版105 p.396-398,図版164。
内蒙古自治区文物考古研究所 『遼陳國公主墓』 北京,文物出版社,1993年 カラー17。
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